« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

父開高健から学んだこと

母親の牧洋子が、娘道子の死後、

レクイエムとしてまとめたもの。

娘の数編のエッセイと、鼎談が集録されている。

著者の父へのコワいくらいの愛を感じた。

小説家という職業の気難しい父を持つ娘は、

普通の親子より、少しねじれた愛を抱いていたのだろうか。

血を分けた親と子供の関係の妙を思う。

残念ながら、文章の方は父親の遺伝子をあまり受け継いでいなかったようだ。

流れるように頭に入ってこないのだ。

それに、例えば言葉の使い方。

入院中の父親に病室でビデオを見せてあげるために、

“読売広告社のKさんにお金を渡してビデオ装置一式とフィルムを

(中略)買ってこさせた”とあるが、こさせた? Kさんは召使なの?

買ってきてもらった、じゃないのかなあ。

開高健の文章は難しい日本語を使っているのに、

するりと頭の中に入っていく流暢さがある。

他の著作を読んでいないからなんとも言えないが、

残念ながら、娘の文章は散漫な感じがしてならない。

玉三郎、佐々木栄松、木下順二らと、母娘の鼎談の方が

おもしろかった。

しかし、開高健が逝って6年後の1994年に娘が自殺(と言われている)、

そのまた6年後に母親が自宅で孤独死(自殺と言われている)。

この家族、私にとってなんだかコワい。

開高道子著(文藝春秋)

Dsc03007

| | コメント (0) | トラックバック (0)

事件か?

土曜日、実家のマンションの敷地内から

腐乱死体が見つかったらしい。これホント。

今、流行りの置き去り高齢者か?と思ったが、

どうやら居ついた浮浪者が熱中症死したのではないか、という。

しかし、詳しいことはわからない。

昔、近くに蛇行した県境の川があり、

台風などで氾濫したことがあったため、

ずいぶん前に川幅の広いまっすぐな川へと工事された。

しかし、昔の川の名残がわずかに残っていて、

水はもう流れていないが、橋がまだある。

どうやらその橋の下、上からは見えない所に仏さまはいらしたらしい。

死後、二週間というから、この季節、相当なものだったろう。

その橋はけっこう人も通る。

げんに、うちの親も散歩や買い物に出かけるのに通っている。

いくら臭っても、まさか、仏さまがいらっしゃるとは考えもしないだろう。

ポットなどの生活用品が散らばっていたというので、

認知症の老人が迷い込んで、というパターンではないだろう。

しかし、他所から持ち込まれて、遺棄されたという可能性もある。

身元は判明したというので、家族から捜索願いが出されていたのだろうか。

あらゆる想像が膨らむ、膨らむ。

人間、最期はひとりで死ぬのはわかっているけれど、

ひとりの人間がこのような最期をとげる経緯には、

やはり知られざるドラマがあるのだろう。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

翻訳通信セミナー

翻訳家であり、独自に翻訳を研究されている

山岡洋一さんの翻訳通信100号記念セミナーに行ってきた。

ミステリなどの文芸に限らず、産業翻訳、辞書編纂など、

翻訳文化に関わるあらゆる人たちが対象。

今は翻訳で食えないのは誰でも知ってることだが、

つい25年くらい前までは、真逆どころか金持ちになれたこと。

現在、文芸翻訳では翻訳調はご法度だが、

昔は原書を読むための参考書としての国策だったこと。

訳語の羅列である辞書の問題、等々。

◎原著への敬意、共鳴、共感を胸に刻み、原作者になりきる

=イタコの口寄せ

◎原文にある語句をもれなく訳しながら、

美しい日本語で原文の意味を伝える

これらを翻訳の新しいスタイルと記していたけど、

これは翻訳者として常に念頭におくべき翻訳の極意であり、

なるべくその高みに近づけるよう精進すべきことであって、

特に新しいスタイルということではないと思う。

でも、全体として山岡さんの翻訳に対する限りない愛を感じた。

ま、翻訳って好きじゃなきゃ、できないですからね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

何のため?

刑場が公開されたが、

このこと自体にはあまり意味がないと思う。

死刑執行の現場を一般人が見ることで、

死刑執行は残酷だという感情が働き、

判決に影響が出るようなら、その裁判そのものが意味がない。

微妙な問題なので、声高に言うのは避けたいが、

いつも思うのは、それならば理不尽に命を奪われた

被害者の側はどうなる?ということだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

戦国時代のハラノムシ

“腹の虫がおさまらない”、“病魔が肉体を蝕(むしば)む”、

という言い方をする。

そういえば、コンピュータプログラムのバグ(bug)も虫という意味だ。

考えてみれば、具合が悪いことに虫という言葉が

使われていることが多い。

と思ったら、なんと、すでに戦国時代に

『針聞書』という医学書が書かれていて、

人体にさまざまな病を引き起こす虫63種が

図解入りでまとめられているというではないか。

やはり、昔の人も体の中にヘンな虫がいて、悪さしてると思ったのか。

これがまた、ヘビや亀、牛のような姿形をしていたり、

果てはわけのわからん形状だったりと、へんちくりんで、

その想像力の豊かさとユーモアに、思わずほくそ笑んでしまう。

この『針聞書』はいつの間にか行方不明になり、

今世紀になって発見されて、復活。

現在、福岡県太宰府市の九州国立博物館にあるという。

しかも、奇怪な虫たちがキャラ化して、大人気というではないか。

いやいや、なんともおもしろい本だった。

熱中症で脳がショートしちまったらしいどこぞの御仁も、

いきなり出馬するなど、アホなことをのたまっているが、

新手のヘンな虫を腹の中に飼っているのではないか?

手の施しようがないってか。

長野仁、東昇著(国書刊行会)

51upluqetql__sl500_aa300__2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

墓場ビアガーデン

で、シメはビアガーデン。

先日発見した横浜外人墓地の脇にある

ビアガーデンに行ってみた。

おされな洋館、山手十番館に併設されているガーデンなので、

別に外人墓地には関係ないし、墓が見えるわけでもないのが残念だが、

道路隔ててすぐ隣という立地が、今日を締めくくるのになんともふさわしい。

今年は異常に暑く、この上なくビールがうまい。

暮れなずむ夕陽をながめつつ、

静かな墓の雰囲気を堪能しますた。

さあ、仕事せんと。

20100825184015 やっぱ、これでしょ。

20100825183918 画像がぼけてますが。

20100825183430 フレンチレストランの方。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今年も全生庵

で、昨日は出たついでに

恒例の全生庵幽霊画ツアーに。

虫干しを兼ねて8月のみ展示される

円朝コレクションの幽霊画を毎年拝みに行っている。

50幅ほどの展示品目が、毎年少しずつ入れ替わっていて、

何度、足を運んでも飽きない。

画風、筆使い、構図すべてがおもしろい。

いったいどういう思いで描いたのか、

依頼主はどういう思いで頼んだのか、

思いをはせると、さらに楽しい。

20100825165618

それにしても、この住宅展示場のようなのぼり。

20100825165337

| | コメント (0) | トラックバック (0)

登戸研究所

明治大学生田キャンパス内にある

登戸研究所資料館に行ってきた。

キャンパスの敷地全体がかつて

陸軍の通称“登戸研究所”で、何棟もの実験棟があった。

ついこの間までリアルな建物が残されていたが、

老朽化のため、取り壊され、

現在、展示のある資料館は、実際に使われていた建物の

ひとつをいちおうきれいに改装してあるもの。

しかし、壁に開いた穴や、洗い場などが、妙にリアルで、

ふと、背筋に言いようのないものが走る。

すぐ近くには草ぼうぼうの古びた弾薬庫もある。

戦時中、ここで秘密裏にさまざまな開発・研究がなされていた。

風船爆弾、偽札、スパイ用品、生物兵器など、

戦争に勝つために、当時の科学の粋が結集されていた。

太平洋を横断し、米国本土に爆弾を投下する風船爆弾は、

和紙とこんにゃくで作られたもので、

今思えば、すぐ壊れてしまいそうな粗末な兵器かもしれないが、

いわゆる弾道ミサイルの走りだ。

バカバカしいかもしれないが、それが戦争だったのだ。

ここに展示されているものは、すべて戦争の暗部、愚の骨頂なのだが、

そういう愚かなことを、たった65年前に実際に真剣にやっていた。

このことを、決して忘れてはいけない。

愚かだとわかっていても、有事になればまたやるかもしれない。

忘れればなお、また同じことを繰り返すかもしれない。

だからこそ、心に刻みつけなくてはいけない。

生きるためには、勝たなければならなかった。

生きるためには、どんなことでもしなくてはならなかった。

生存本能は生き物の本能のひとつ。

実際に戦地に行った若者たちは、

本当は生きたかったのに、

死など怖くてしかたがなかったのに、

それを口にすることも許されず、若い命を散らしていった。

戦争は人類最大の悪。

しかし戦争を避けることができる英知をもつのも人類。

それを信じたいが。

Dsc03005

キャンパス内にゆうちょのATMがあったのだが、

さいたま支店って、おかしくないか?

ここは神奈川県ですが。

20100825151340

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ちょ、かわいすぎる

このブログ、かわいすぎ。

ご本人にしてみれば、メイワクな話だけど、

あんがい納得してポーズとってるような顔が、なんともいえない。

http://kagonekoshiro.blog86.fc2.com/

| | コメント (2) | トラックバック (0)

眼鏡

去年の5月くらいから老眼が始まっている。

気づいたのは、食品の容器や袋の後ろに書いてある

小さな文字が、ある日見え難くなってきたからだ。

近眼なので、普段はコンタクトか眼鏡なのだけど、

パソコン仕事ゆえに度を軽めにしてある。

ところがそれでは外ではよく見えない。

最近、少し度を上げて作り直してみたら、

今度はすごく近くが見えない。

外→見える1号、内→見えない2号として、

使い分けている状態だ。

あ~、めんどくさ。

近眼と老眼がどっかで交差して、

裸眼でも遠くも近くも見えるようになる瞬間があるのかも、と

思っていたが、総合的に見えなくなるというのは本当だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

グダグダの種

一本納品したので、軽い本を一冊。

ひたすら脱力して読める、ホントにグダグダの本でした。

脳がお疲れのむきにはよろしいのでは。

阿川佐和子著(大和書房)

41giwf5qral__sl500_aa300_

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一億総ゾンビ化?

いやはや、今年の夏はどうしちゃったの?

自分の母親の死体を放置して、

ミイラ化したその体をおフロで砕いてリュック詰め。

恐ろしや、恐ろしや~

まさに、ホラーを地でいってる。

コワい系は流行って欲しいけど、

そこまで実践しなくても、フィクションだけでけっこう。

コワすぎるゾンビ化した日本人。

WWZじゃないが、ゾンビ対策しないといけんかも。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

大いなる皮肉?

今週のゲゲゲは、水木サンの戦争体験が

言葉少なに重々しく語られ、涙なくしては観られない。

それに加えて、おばあちゃんのイカルが

友だちのことで悩んでいる孫娘に言う言葉が

いちいち今の世相を反映しているようで、

なんだかすごい。

今日も、“子供は親に言えんことを隠すことがある。

そういう時のために年寄りがいる”

希薄になってしまった今の家族関係を大いに皮肉ってるみたいじゃない?

こないだも、“そんなの気にするな。放っとけ、放っとけ。自分が正しいと

思ったことを貫けばいい”と、なんともどーんと頼りになることを言っていた。

ただ、今の子供は放っとけばいいという具合に簡単にはいかないらしい。

メールやインターネットのせいか、

面と向かってモノを言うことが少なくなった分、陰湿だという。

気にするな、と言われても、

矢面に立っている当事者は苦しいだろう。

だからそんな時は、まず誰かにぶちまけるという

ストレス解消の基本中の基本手段があるはずなのだけど、

そのぶちまけられる相手が、誰もいない状態。

小学3年生が首を吊る世の中なんて、どうかしてる。

絶望なんて言葉は知らなくていい年令なのに。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

リーディング納品

今週始めに納品する予定だったレジュメ。

とてもいい話だったので、思い入れが強く、

けっこうじっくり読んでしまい、

思いをまとめるのに時間がかかった(←苦しい言い訳)。

すっかり遅くなってしまい、やっと納品。

先週から急にリーディング本が山積みになっていて、

翻訳仕事もすっかりビハインド。

かなり、やばい・・・・・・

今日は弟君の誕生日。厄年突破!

これって、かぞえだから正月になればもういいのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

恐ろしいこと

恐ろしいくらいのこの暑さ。

連日、熱中症による死者の報道が絶えないなんて、

こんなこと今まであったか?

老人じゃないから、と侮っていると

ヘタするとみんな死んでしまいそうだ。

暑さのせいにするわけじゃないが、

仕事がちっとも進まない。

脳内スケジュールが次々と崩れていく。

それなのに、あまり危機感のない自分がそら恐ろしい。

押し迫った時にどんなカタストロフィーが待っているのか、

まさか、期待しているわけではなかろうが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

三大交響曲のしらべ

指揮:小林研一郎、読売日本交響楽団で、

シューベルト「未完成」、ベートーヴェン「運命」、

ドヴォルザーク「新世界から」の三大交響曲。

いやあ、すごかった。

交響曲を三曲続けて聴くというプログラムもすごいが、

ものすごい迫力。

とりわけ「運命」。

あまりに有名すぎる曲ゆえに、まじめに聴いたことが

なかったが、メリハリのきいたクリアな演奏に、

妙に感動してしまった。

コントラバスの音に男声合唱が聞こえたのは気のせいだろうか。

すばらしい演奏だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ケンタ納涼会

恒例の夏のケンタパーティ。

いつものメンバーに加えて、超お久しぶりの友人も

ジョインしてくれることになっていたのだけど、

事情があって急遽ボツ。

残念だけど、またチャンスもあるよ。

実は小5の時からの友人であるこのメンバーで、

大昔、マンガを描いて一冊の本を作った。

その大作は来られなかった彼女がずっと所蔵していて、

実は今回持ってきてくれるつもりだったらしい。

大いに懐かしいその秘蔵本のお披露目は

またのお楽しみということで。

とにもかくにも昔話はとめどもなく、

夜は楽しく更けていったのであります。

本日のスイーツは今流行りの半熟カステラ。

不思議な食感だったけど、うっかり写真撮り忘れました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

13日の金曜日

今日は今年唯一の13日の金曜日。

しかも仏滅という絶妙なお日和。

幽霊談義をUSTで流すというとある場所に

参考資料として手持ちの幽霊本を届け、

その後、ここ数年13日の金曜日は会うことにしている

大親友と恒例の会合。

なぜか今日はリーディング仕事が次々と入るという日でもあった。

何か呼んだ?

ホントは翻訳の仕事が欲しいけどねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

怪談とメメント・モリ

8月は死を思う季節。

広島・長崎があり、日航機があり、終戦記念日があり、

嫌でも死者の御霊に思いをはせる。

今年は水に、山に、暑さに、

そして幼な子から高齢者まで、特に死者の話題が目につく。

わたし的には一年中だが、

日本の夏が怪談の季節と言われる所以は

やはりお盆があるからだろう。

先祖の墓参りもおざなりにしている情けないひとりだが、

現在、自分という物体がここにいるのは、

顔も知らぬ今は亡き先祖が、連綿と続いてきたおかげ。

怪談は娯楽として怖さを楽しむものであったが、

その裏には、死んだ人の御霊を意識するという

昔ならごくあたりまえの行為があった。

死を忌むものではなく、誰にでも必ずおとずれる宿命としてとらえ、

この夏の時期だけでも、ちょっと心に留めてみれば、

自ずから短い生を大切にするようになるのではないか。

http://allabout.co.jp/gs/kwaidan/closeup/CU20100811A/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夏のお嬢さま

ついでに我が家の老猫。

Dsc02996

| | コメント (0) | トラックバック (0)

懐かしの学び舎

コンサートの帰り、大昔に通ってた中学の前を通って、

ぶらぶらしながら実家に帰ってみた。

少子化で合併する学校が少なくない昨今、

もう、ないのかと思ったら、まだありましたよ、ありました。

薄情なもので、ほとんど何も覚えていないのだけど、

後輩たちが部活にいそしんでいるグランドに入り込んでみたら、

校舎の構造はそのまんまで、なんとなく記憶がよみがえってきた。

平成9年(1997年)に1期生が創立50周年祝いの碑を贈っているようで、

とすると創立は1947年。

戦後すぐに建てられたずいぶん古い学校だったんだ(←知らない)。

耐震補強されてるところなんざ、時代を感じるねえ。

あそこの金網を乗り越えたっけ、とか・・・・・・

今は狭く感じるグランドにはナイター設備もあったぞ。

ケイくん、昭くん、ルイくん、見てるか~?

Dsc02980

Dsc02983

Dsc02984

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ショパン

NHKの名曲アルバムがらみの

ショパンコンサート。

ワルシャワ、パリ、マヨルカ島の美しい風景を見ながら、

元NHKアナウンサーの語りを耳にしつつ、

ナマのピアノを聴く。

ピアニストはロシアのフィリップ・コバチェフスキ。

20歳という若さのせいか、ちょっとクセのある弾き方だったけど、

19世紀のショパンの世界へと旅する時間。

改めてショパンは美しく情感溢れる曲が多いと痛感。

あまり聴いたことのないノクターンロ長調がよかった。

ピアノはスタンウェイだったが、これは暴れ馬のように、

なかなか弾きこなすのが難しいのだという。

一曲目の時に、なんだか音の響き方に違和感を覚え、

ホールのせいかと思ったが、

プログラムが進むにつれてそれがなくなってきたのは、

やはりピアノが慣れてきたのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デス・コレクターズ

2000~2009年までのベストミステリNo.1に選ばれたもの。

1972年、芸術家で連続殺人鬼のマーズデン・ヘクスキャンプが、

狂信的な取り巻きのひとりに法廷で射殺される。

そして30年後、アートのように装飾された女の死体が見つかり、

マーズデンの作品がヒントになっていることがわかる。

彼の取り巻きたちのその後、

連続殺人犯や殺人現場の“遺留品”を集めるコレクターたち、

それを仲介するおぞましいビジネスが絡み、

事件は不気味な様相を呈していく。

事件の内容は異常だが、

芸術家という人種の光と影、

主人公とその兄との哀しい関係、など

人間の秘めた複雑な情感も見逃せない。

過去の亡霊がよみがえるような悪夢の描き方が、

大変におもしろかった。

ジャック・カーリィ著、三角和代訳(文春文庫)

10e4c0

| | コメント (0) | トラックバック (0)

肝試しビアガーデン

先日、外人墓地のそばにビアガーデンがあるのを発見して、

こういう企画は受けるのでは、と書いたが、

やっぱりあるじゃないの。

浅草は花やしき遊園地の期間限定肝試しビアガーデン。

今日、知ったのだが、明日6日までなのが、重ね重ね残念。

どうして夏真っ盛りだというのに、もっと長くやらないのだろう。

花やしき遊園地の性格からいって、バカバカしそうなのは

想像がつくが、そこがまたほわほわしていてよさげではないか。

行きたい! 激しく行きたい・・・・

http://www.hanayashiki.net/schedule/event/asakusa_beach_2010/ab06.html

| | コメント (2) | トラックバック (0)

消える100歳

今朝の読売新聞の見出し。

全国で生存未確認高齢者が50人近くもいるらしい。

例の即身仏じいさんの事件から、

各自治体が慌てて調べだした結果だが、やっぱり、出るわ、出るわ。

それにしても、実の親と50年も会ってないなんて。

それぞれ事情はあるだろうし、

別に年金騙し取ろうと思ったわけじゃないだろうけど、う~ん。

しかし、考えてみれば、人のことは言えないかも。

このボロマンションにもう10年以上住んでいるが、

同じ階の人以外はほとんど会わないし、知らない。

音信不通の親戚はいるし、

今はまだ親やおじ、おばが生きているから、

たまに冠婚葬祭で会ったりすることはあるけど、

それも次の代になったら、わからない。

弟とも正月にだけ会えるという七夕状態だし、

何十年後かの我が身の姿か?とも思う。

友人はいるが、そこまで面倒かける、あるいは面倒をみるだろうか?

しっかし、もしこの不明の高齢者たちが、

亡くなっているのだとしたら、その骸はどうしたのだろう?

届けが出ていないとすると、やはりどこぞの家の布団の中で

即身仏になっているのか。

これは怪奇小説も真っ青のミステリだ。

人間は動物と違って山でひっそり死ぬわけにはいかない。

死体が出れば、必ずなんらかの騒ぎになる。

死してなお、まわりに迷惑になる人間って、

なんだかなあ。

ちなみにうちの親父どのは100歳にはまだほど遠いが、

医者嫌い、っつうか医者が怖くて、

健康保険証も何年も使っていないし、

介護保険のお世話にもなっていない。

生存確認に誰かが訪ねてくるかも、という母親の言葉に笑ってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羊たちの沈黙

久々に『羊たちの沈黙』を再鑑賞。

誰も信じてくれないだろうが、

1990年代当時、このテの猟奇的映画、本は一切ダメだった。

で、この映画がきた時も、まったく対象外。

でもジョディが好きだったので、食指は動いていた。

怖いもの大好きな後輩から、大丈夫ですよ、と

言われてこわごわ観た記憶がある。

確かに内容は凄惨な殺人事件が大きく目を引くが、

これはプロットの駒にしかすぎない。

何より他の犯罪映画と違うのは、

その裏に主人公クラリスの

稀代の殺人鬼ハンニバル・レクターという悪玉と、

上司ジャック・クロフォードという善玉の両方に、

対する光と闇の思いを織り込んだこと。

これは男女の愛とは違う。

ひと言で言ってしまうと、早くに愛する父親を亡くしたクラリスの

ファーザーコンプレックスみたいなものだろうが、

そうとも言い切れない感情。

共鳴、というか、なんて言ったらいいだろう、

波長にあったというか。

自分の中で常にテーマである

決して結論の出ない人間の光と闇の問題を

鋭くえぐり出していた気がした。

今は犯罪と心理をかけ合わせた映画や小説は

いくらでもあるが、この当時、このテの映画はほとんどなかった。

FBIにまだ女性も少なかった時代、

女が口を出すな、といった微妙な雰囲気もよく描かれていたと思う。

こんな殺人鬼がいたら、絶対にイヤだと心底震えた映画。

確か、この映画でスコットに惚れました。

Dsc02970

| | コメント (0) | トラックバック (0)

寂聴さん

米寿にして、辻説法に全国を飛び回っている、

かくしゃくと元気な瀬戸内寂聴さん。

最近、彼女の本をちょっと読んでみた。

なんとも美しい日本語に、久しぶりに新鮮な気分になった。

ムダなものをそぎ落とす、という行為がいかに大変か、

凡人には思っていてもなかなかできないことだが、

人間にとって真の幸せは何か、と考えると、

やはり身ひとつということに尽きるのだろう。

“捨てた、捨てたと意識に上がるうちは、まだ捨て切れていない”

“髪もなく、化粧もなくなった五十代の女の顔は、

それこそ真剣勝負のようなもので、人間の中身だけが

くっきりと出てしまう”

など、別に得度していなくても、ぐさぐさくることばかり。

でもそぎ落とすと見えてくるものもある、というのは

まったくその通りだろう。

死んだら何も持っていけない、と常々思っている。

でも生きているうちの煩悩もこれまたしかり。

人間は因果な生き物。

妙に大きな脳を与えられたが故に

悩むという宿命を与えられたのだろう。

41576bxak4l__sl500_aa300_

51zscx26n7l__sl500_aa300_

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スコット・グレン

先日、大親友と歓談した夜のこと。

ひとつの新聞記事を持ってきてくれた。

今年3月のロシアの地下鉄爆破テロの記事。

なんで、今頃こんな古い記事と思ったが、

そこに掲載されていたのが負傷者を助けるひとりの医師の写真。

Dsc02969

これがその写真だが、この男性医師、

はっきりいってもろタイプです。

で、重なったのが、マイラブ俳優のスコット・グレン。

『羊たちの沈黙』のクラリスの上司クロフォード、

『レッド・オクトーバーを追え』のダラス艦長マンキューソ、

『バックドラフト』の消防士アドコックス、

と言ったらわかるでしょうか。

今はすっかりジジイになってしまったけど、

この写真の御仁に感じが似てて、やっぱ好きです。

おかげで昨夜は彼と一緒にゾンビから逃げ回る夢をみて、

大変楽しゅうございましたheart04

W153926view

| | コメント (0) | トラックバック (0)

想像力の欠如

連日報道される幼児の虐待や死。

意思表示がまだできない幼い子どもたちが、

唯一、信じられるはずの親に虐待され、

小さな命を消していくのは、本当に耐え難い。

事件が起こってしまってから、

まわりの人間が、親や児童相談所を非難するのは簡単だ。

児童相談所だって、最終的にはプライバシーの問題だから、

無理やり踏み込むわけにはいかないだろう。

親も大変だろう。子供は時と場所を選ばない。

思い通りにならないことだらけだし、

時にはいなくなってくれたら、と思うことだってあるだろう。

どんな親だって悪魔の瞬間が必ずあると思う。

でも、そういう時にちょっと考えてみないか。

もう、子育てがイヤなら、赤ちゃんポストにあずけるとか、

どうして、○○してみたらどうだろうか、と考えないのか。

まわりに相談できる人がいないのだろう。

誰だって基本は孤独だけど、意味が違う。

ネット上で顔も知らない友人が何百人といても、

心底、孤独なのだ。

孤独と想像力の欠如は人間でなくなる、最大の要因だろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »