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古書の来歴

なんだろう、この余韻は。

500年前に作られたというユダヤ教の写本

サラエボ・ハガダーという実在の書物がある。

古書保存修復家ハンナが、

誰が、なぜ、この本を作り、どういう経路でボスニア・ヘルツェゴビナへ

渡ってきたのかを紐解いていくフィクション。

中世のユダヤ教が、絵画的な表現を禁じていたにも関わらず、

このハガダーには、世にも見事な美しい絵が描かれていた。

しかも、どの時代にもあった、ユダヤ人への迫害という歴史の中で、

当然、ユダヤの書物は焚書として葬り去られる運命だったはずだ。

物語は現代のハンナが、本に付着していた

羽、ワインの染み、海水、白い毛などの痕跡を見つける度、

現代と交互にして歴史をさかのぼっていく形になっている。

第二次大戦中のサラエボでは、パルチザンとして戦ったユダヤ人少女、

19世紀のウィーンでは、ユダヤ人医師と、反ユダヤの装丁師、

17世紀のヴェネチアでは、カトリック司祭とユダヤ教のラビ、

15世紀のスペイン・タラゴナでは、ユダヤ教の記述師とその娘、

そしてセビリアでは、イスラム教徒の奴隷と、総督に略奪された元キリスト教徒の妃。

それぞれの運命が浮き上がり、すべてこのハガダーが絡んでいる。

ユダヤ教でも、イスラム教でも、キリスト教でもない、

神を信じ、信仰を深め、それを守り受け継いでいこうとする行為は

いつの時代でも、どこの国の人間でも皆同じなのだと、つくづく思う。

そして最後は、人類は彼の地のたったひとりの人間から発生した

兄弟なのだと暗示しているのではないだろうか。

ヒロインが、キャンキャン吠えるスピッツのようにちと鼻につく女だが、

この本で、現代の部分はどちらかというとおまけだろう。

アンドリュー・デイビッドソンの『ガーゴイル』や、

ピエール・フライの『占領都市ベルリン、生贄たちも夢を見る』のように、

今はもういない過去の人たちの運命の方が、断然くっているといえよう。

命がけでハガダーをつないでいったリレー模様に、

大きな感動を覚える。まさにPeople of the Bookなのだ。

いまだにボスニア・ヘルツェゴビナ事情がよくわかっていない

私のように無宗教の人間には、少々こんがらがる部分もあるが、

とても心に響く小説だ。

本の付着物をCSIばりに分析していくのもおもしろい。

奴隷と妃の場面では、オルハン・パムクの『白い城』を思い出した。

なんというのだろう。人間の知がたゆとう、まったりした充実感に浸れる内容だ。

殺人が起こるわけではなく、純粋にはミステリではないと思うが、

こういう深い本が、このミスなどでランクインしてくるのはとてもうれしい。

古書保存修復という一般的にあまり馴染みのない内容の翻訳は

さぞ、大変だったことだろう。翻訳者に拍手を送りたい。必読!

ジェラルディン・ブルックス著、森嶋マリ訳(旧ランダムハウス講談社)

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コメント

この本の最後の行にきたとき
ああ、もう終わりなのか…と
名残惜しい思いを久々に味わえました!

ミステリーかどうかの線引きはともかく
これぞ「物語」!
と思ったのでした。

投稿: うなみ | 2011年2月 5日 (土) 12時41分

本を読む、という行為をじっくりと味わえる小説ですね。
やっぱり、こういう本は紙で読みたい。

投稿: konohazuku | 2011年2月 5日 (土) 16時07分

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