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フランケンシュタイン 野望

さすが、ディーン・クーンツ。

ちょっと、想像してた展開と違ったけど、

映像を意識した息をもつかせぬ作風が、

エンターテイメント的にとてもおもしろい。

現代版フランケンシュタイン第一弾。

人間のパーツを組み合わせて人造人間を作った

狂気の科学者ヴィクター・フランケンシュタインと、

彼の創造物である怪物の話は、

19世紀に見目麗しい女性メアリ・シェリーによって書かれた。

バイロンやシェリー、『吸血鬼』の作者ポリドリなどと共に

スイスのディオダディ荘に滞在していた時、

みんなで怖い話を作ろうという話になって

生み出された作品と言われている。

変わってクーンツのこの作品は、

それから200年後の現代アメリカ、ニューオリンズが舞台。

科学技術を屈指して生き延びたヴィクターは、

身体的にも頭脳的にもすべてに優れ、

感情を持たない新人種を作り出して、思いのままに動かし、

旧人種、いわゆる欠陥だらけの我々人間を駆逐しようとしている。

ヴィクターの第一号作品デュカリオンも

死ぬこともできずにこの200年を生き長らえ、

自分の創造主と対決するべくその奇怪な姿を現わす。

くしくも巷では、女性の体のパーツが切り取られ、

遺棄されるという連続殺人事件が起こっており、

殺人課の女性刑事カースンと相棒マイクルが捜査を進めている。

それがいつの間にやら、

サイボーグ009か、2001年宇宙の旅か、アイ・ロボットか

すべてがまざったようなどこかで聞いたような

もろSFチックな展開になっていく。

あまりに都合の良すぎる新人種たちの能力には、

ちと笑っちゃう部分もあるが、

旧人種が創造した小説、絵画、音楽などの芸術に刺激され、

“人間性”に目覚めてしまった、

または疑問を持ち始めた新人種たちが、

旧人種が持っている“幸せのパーツ”は何なのだろうかと悩み、

だんだんヴィクターの意思に反する行動をとるようになっていく。

“人間というのはすばらしい生き物だと思うようになった。

なぜなら、人間にはみな欠点があるが、

もがき苦しみながらも、希望を持ち続けているから、”

デュカリオンにこう言わせているところは、

大もとになっているメアリの原作の大きな潮流と同じ。

いくら優秀な遺伝子を組み合わせて、

すべてに優れた人間を作っても、

金や地位や名誉があっても、

生きる意味というのは、それだけでははかれないという

ことではないだろうか。

自閉症の人間をちらりと登場させ、

この先、彼が大きな意味をもってくるらしい展開に、

ムダなもの、効率の悪いもの、欠陥品は

果たしてすべて滅ぼすべきものなのだろうか、

と疑問を呈しているように思われてならない。

現代社会への強烈な皮肉ではないだろうか。

メアリの原作を読んだ時もそれは感じた。

なお、カースンの相棒マイクルの

ジョークがめちゃくちゃおもしろいのだけど、

それに関しても、“人間の憎しみの激しさや残虐さを目にして、

うんざりしているから、ユーモアで自分の身を守ろうとするからだ”

言わせているのにも唸った。

どういう展開にもっていくのか、次作が楽しみだ。

ディーン・クーンツ著、奥村章子訳(早川書房)

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大もとになっているメアリのこの作品も

すごくいい。ぜひ、読んで欲しい。

大昔、創元のものを読んだけれど、

角川からも出てます。

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