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ペコロスの母に会いに行く

正確には介護の本ではない。

施設にあずけたボケた母親を60歳代の息子が訪ね、

その母の様子をつづったものだが、

あるときはズッコけた調子で、

そしてあるときは、ボケのせいで“視えちゃう”母親の言動に

ちょっとホロリとさせられる話。

実際に介護に四苦八苦している人には

少し的外れな内容だが、

ボケるということに対しての認識がちょっと変わるのは確か。

そりゃ、誰もが最期までボケないで逝きたいと思っている。

子供や他人にオムツを取り替えてもらったりしたくない。

でも、何が正しく老い方で、何が悪い正しくない老い方なのだろう?

ボケるって、そんなに悪いことなのだろうか?

すごく、考えさせられてしまった。

実際に介護をしたことがないので、

エラそうなことは何も言えないし、

介護の辛い日々に押しつぶされて、余裕のない人に

なにを甘いことを言ってるんだと、叱責されるかもしれない。

でも、ボケているその本人、

たいていは自分の親だろうけど、

その人個人の歩んできた歴史、

誰にもわからないその人だけの人生に思いをはせれば、

辛い思いもさせられたけれど、

親もひとりの弱い人間だったのだと、

それでも、その弱さゆえに愛しいのだと思えるかもしれない。

そう思えたら、それだけでもいいのではないか。

著者の親は長崎であの原爆にあい、

子供を抱えて彷徨った世代だ。

そんな背景と、長崎弁のやさしさに

8月9日を前に思わず涙がこぼれてしまった。

岡野雄一(西日本新聞社)

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