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ドストエフスキーと愛に生きる

仲間内からの情報で、急遽観にいくことに。

ドストエフスキーの作品をドイツ語に訳している

84歳翻訳者のドキュメンタリー。

ウクライナ出身のスヴェトラーナ・ガイヤーは、

スターリン、ヒトラーに翻弄された激動の歴史を生き抜いてきた。

現在はドイツの片田舎で静かに暮らすが、

料理、アイロンがけなど、アナログ的な家事ひとつひとつが

どういうわけか、彼女の生き方、果ては翻訳に

結びついているような印象を受ける。

まず、冒頭に出てくるのはアイロンがけ。

化繊ではない、母親が作ったという古いコットンのクロスや

エプロンをきれいに洗濯して、丁寧にアイロンをかける。

古いものを大切に使うヨーロッパ人らしい所作。

母親が刺繍したという文様を撫でながら、

糸が複雑に絡み合うファブリックに、

翻訳も、色彩や手触りの感じられる

言葉の綾なす織物なのだと言っているよう。

“言葉だけ理解しても足りない。全体を見て、愛さなければ”

翻訳者のはしくれとして、感じてはいるけれど、

実行できていない姿勢が、いちいち滲み出している。

どなたかも言っていたけれど、

突き詰めると、空から言葉が下りてくることがあるのだそうだ。

つまり、スヴェトラーナの言う、

“誰でも一度は言葉を話す魚に出会う”ということなのだろう。

ロシア語には、所有するという意味の単語がないという。

所有するという意味を表す場合は、英語でいうbyを使い、

つまり、所有する者は主語でなくなるというくだりが興味深かった。

“本を読んでも、経験を積んでも出てこない言葉がある”

究極、翻訳とはこういうものなのだと、いちいちぐさぐさくる。

できた原稿を、音楽の専門家に朗読してもらう作業は、

本当に必要だと思う。声に出して読み、文章に命を吹き込む。

自分でもやらなくてはいけないのに、ついつい時間に追われて

頭の中だけで完結してしまっている。

鉛筆を削る音、コーヒーカップを置く音、

ひとつひとつの場面が、たおやかな時間の流れの中で

積み上げられていくようだ。

全体的に感じたのは、彼女の翻訳者としての生きざまだけでなく、

それこそ歴史の糸が複雑に絡み合った

織物のようなヨーロッパのなんともいえない味。

ドイツ語ができたために、戦争を生き延びられたところもあり、

複雑な気持ちを抱えた生き証人でもある。

原題は、Die Frau mit den funf elephaten.

5頭の像と生きる女という意味なのだけど、

5頭の象とはドストエフスキーの

『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』、『白痴』、『未成年』、『悪霊』の

5作品のことをさす。

観た劇場は渋谷のアップリンク。

座席がリサイクルショップからかき集めてきたような

さまざまな椅子なのがおもしろかった。

リクライニングソファみたいなのを選んで

ゆったりと鑑賞してきた。

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新パソ

ついに新しいモバイルPCをゲット。

泣く泣くXPを8にしましたです。

温泉等に持参して仕事することが多いので、

私にとっては必需品。

この頃のPCって、昔に比べて

マニュアルがほとんどないと思ってたけど、

これには、まったくついてない。

8になったので、いろいろ勝手が違い、

時計合わせからなにからいちいち探さなくてはならない。

家パソがあるから、わからなければ

ネットで検索すればいいのだけど、

まったくのパソ初心者だったら、

チンプンカンプンなのでは?

マイクロソフトに限らないけど、

ユーザーのことなんかちっとも考えずに

どうしてこう勝手なことばっかするのかねえ。

初めてタッチパネルになり、

こんなのどこに利点があるんかい?と思ってたけど、

対象を大きくしたりできるのは、老眼の身には

助かることもある。

きっと、このパソも数年先には

使い物にならなくなっていくのだろうけど。

こういうものはだいたいソニータイマーじゃないけど、

ある程度の年数たつと壊れるようになってる。

ところが、今使ってるガラケーは、

もう4年以上になるが、電池のもちにまったく問題がない。

充電がダメになったら、スマホにしようかと思ってるのに、

ったく、よくわからん。

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シスターズ・ブラザーズ

時は、ゴールドラッシュ時代のアメリカ。

殺し屋として名を売っている

チャーリーとイーライ・シスターズ兄弟は、

仕事のため、ターゲットを追いかけて

なにが起きてもおかしくない無法地帯を進み、

道中、さまざまな人間と絡んでいく。

いわば珍道中ものの話なのだけど、

いつも兄チャーリーにしてやられてばかりの

弟イーライの一人称で語られるこの物語、

なにやら妙に含蓄があるのだ。

極悪非道の限りをつくすこの兄弟の考え方は、

およそ社会通念からはかけ離れたもので、

認められるはずはないのだけど、

なぜか、憎めない。

この世の中ってものはさあ・・・・みたいな

一種悲哀じみたものもあり、一種の寓話なのかもしれない。

泣きながら歩いている男と遭遇する場面が

何度か出てくるのだけど、

生きるって、ずっと泣きながらだよな、

ということを言いたいのかもしれない。

一攫千金を夢見る強欲な人間たちを描き、

ブラックな中にユーモアやペーソスが盛り込まれた

なんとも軽妙な話。

パトリック・デウィット、茂木健訳(東京創元社)

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坐ればわかる

いやはや、2週続けて豪雪。

しかもまた次が控えているらしい。

雪に慣れていない関東では

とんでもないことになっちゃってます。

この雪中ひきこもりの間、

家にあるものをかき集めて料理してしのいだが、

確かにそろそろいろいろと乏しくなってきた。

流通がストップすると、なにもなくなってしまうのは、

都市部で自給自足をしていない人間の宿命だけれど、

マジでひとりでは生き残れないのだとつくづく思う。

この本は禅僧が説く、不安な時代を心を落ち着けて生きる法。

まず、自分の体の声を聞けということ。

なんでもコンピューターや機械に任せっきりの世の中、

自分の感受性、体感などに耳を傾ける機会が

減っているのはないか。その結果、そういった

感受性・直観が鈍くなっているのはないかと確かに思う。

そして、なければ使わない、

これがなければダメと思わないこと。

もちろん、今の世の中、便利なものは

多々あって、それを利用するのは悪いことではない。

だた、天候などの自然災害が原因で、

いつもあるものがない、いつもやっていることができないといっても、

慌てないこと。つまり、それがなくても大騒ぎしない。

人間、あの世に持って行けるものなんて

なにもないのだから。

といっても、ホントの意味でそういう境地になるのは

なかなか難しいものがあるけれど。

星覚(文藝春秋)

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なんだかこのところ

仕事ばかりしてて(ホント)

ブログの更新もご無沙汰になっちゃってます。

いちおう、2月始めにスキーに行って

硫黄泉で肌を酸性化=活性化?してきましたが、

そんなことしてるから、時間があっという間。

もう2月も半分近く過ぎてしまい、

冷や汗がたらたらと・・・・・

しかも、外用のモバイルPCがXPなので、

もういいかげん替えないとヤバいのだけど、

金もないのに、これも頭が痛い。

そういえば、今回八幡平にスキーに行った帰り、

盛岡駅のわりと近くにある石川啄木の新婚の家というのを

見てきました。

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はたらけど

はたらけど猶わが生活楽にならざり

ぢっと手を見る

と、うたった人ですよね。うう・・・・

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大雪

またまた、なにを大げさなと

たかをくくっていたら、

予報通りとんでもない大雪だった。

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一歩外で出れば、吹雪が荒れ狂い、

八甲田の雪中行軍状態。

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大昔、大雪が積もったのにはしゃぎ、

まだ若かった母はスキーを持ち出して

私を連れ出し、自宅近くの急坂へGo!

が、雪の中でカギをなくして家に入れなくなり、

ベランダからよじ登った(開いててよかった)という事件が

あったことを思い出す。

今の自宅のそばにもかなりの急坂がある。

思わずスキーしたくなる大雪であったのお。

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